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随時所感

2011.11.12

TPPの危険性を米韓FTAから検証する。

TPPはもともと2006年5月にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国によって作られた経済連携協定だったが、2010年11月のAPEC最終日、先に加盟した4カ国と新たに米国、オーストラリア、ベトナム、ペルー、マレーシアの5カ国を加え、計9カ国の首脳がオバマ大統領を議長とし、2011年のAPECまでに妥結することになっている自由貿易協定である。

そこへ日本も加わるのか否かが問題になっている。

TPPが複数国による自由貿易協定であるのに対し、米韓FTAとは、米国と韓国の二国間における自由貿易協定であり、交渉は2006年2月に開始され、2007年6月に調印。さらに追加交渉が2010年12月に署名された。米国での議会承認は2011年10月に済んでいるが韓国国会で現在、野党の反発で激論となっている。

TPPとFTAは対米国という意味において複数間協定であるか二国間協定であるかの違いだけであり、趣旨は同じ「自由貿易協定」であるので、日本がTPPの加盟を考える際、米韓FTAの内容はそのまま当てはまるものとして想定しておいて間違いない。

以下、それらについて検証する。

<FTAで韓国が得るもの>

○コメ輸入の際の関税撤廃は阻止できた。

○コメ以外の物の輸入については原則、関税の完全撤廃であるが一部について一時的な猶予を認めてもらえた。

○米国向け輸出の際の関税撤廃。

→韓国の主要輸出品目として、そもそもの関税率が自動車はたったの2.5%で、テレビも5%たらず。しかも韓国の主要輸出品目は既に米国での現地生産化が進んでいる現状があり、注目すべきは、米国自動車メーカーが韓国企業に脅かされたと思うときは2.5%をいつでも復活できるという韓国にとって無意味に等しい内容。

<その代償として韓国が呑まされる米国の要求>

○米国にとって自由貿易の障壁である韓国の自動車排ガス規制を米国基準に下げること。

○米国にとって自由貿易の障壁である韓国の自動車安全基準や・排ガス装置設置義務を米国メーカには一時的に猶予すること。

○韓国の自動車税をそれまでの小型車に有利な税制から米国が得意な大型車が有利になるよう変えること。

○韓国の農協や魚協などの各種協同組合の提供している共済や、郵便局の簡易保険をFTA発効後3年以内に解体すること。

○米国製薬メーカーの薬品価格が韓国で低く設定された場合、韓国政府を訴えることができる第3者機関を設けること。

○法律、税務、会計事務所を米国人が韓国で営業できるようにすること。

○テレビ局など放送業界への外資規制の緩和。

◎多くの規定の中でラチェット規定を採用。(※ラチェット…韓国が米国と結んだ規定を後で元に戻したいと思ってもいったん結んだら変更が効かないということ)

◎知財条項の採用。(※知的財産権のグローバル化)

→経済分野の知的財産権に留まらず、社会・福祉・医療分野も知的財産権を拡大し、薬品においてはジェネリック薬品の縮小が進み、更に日本でも認められていない手術方法などにも特許を与え、結果、「患者の治療」よりも製薬会社など「医療提供者側の金銭的利益」に重きが置かれることになる。

◎ISD条項の採用。(※ISD条項…外国の投資家が相手国内で投資をしようとした際に相手国の政策によって損害を被ったと思った場合、世界銀行の傘下にある国際投資紛争解決センターに訴えることができる)

→この国際投資紛争解決センターは、相手国の政策にどのような環境保護や安全確保などの意図があったとしても、「投資家がどれだけの被害をこうむったのか」という観点のみから審査し、そして、その結果に不服があっても上訴できず、かつ、その判断に明らかな法解釈の誤りがあったとしてもその国の司法機関はそれを正すことができないという、国家主権を制限してでも投資のグローバル化を進めるという問題をはらんでいる。

例:NAFTA(北米自由協定)に加盟したカナダ政府は、ISD条項により、自国でガソリンにある神経性の化学物質を混ぜることを禁止(この物質は米国のほとんどの州でも禁止されていた)していたことを米国燃料メーカーに訴えられ、その規制の撤廃と推定1000万ドルの賠償金を支払わされた。

例:同じくNAFTAに加盟したメキシコにおいて、米国企業が工場を建設し地下水を汚染させたので、同工場が建つメキシコの自治体がその工場の設置許可を取り消した。米国企業はそれを不服として提訴し、メキシコ政府は1670万ドルの賠償金を支払わされた。

→このようなISD関連の事例が累積200件を超えている。驚くことに韓国の場合はISD条項を片務的義務として呑まされるので目も当てられないが、たとえ、米国と双方に対等な条件のISD条項を結んだとしてもグローバル投資に長けていて、かつ訴訟大国の米国にかなう国は存在しない。

▼思うに、この「ラチェット規定」と「ISD条項」は治外法権を認めることであり、TPPの趣旨である自由貿易という名の「関税自主権の撤廃」とセットで江戸幕府が黒船に強要された日米修好通商条約(不平等条約)と基本は同じ。この条約改正の為に日本は幕府を倒し富国強兵をスローガンに日清戦争・日露戦争を経て、1911年の日米通商航海条約で完全な条約改正を果たしたのだ。それからちょうど100周年の2011年、日本は「時代に乗り遅れる」と、自ら進んでTPP(不平等条約の再締結)に参加を願い出るのだろうか。

一部の政治家の中にTPPにとりあえず参加をして、ルール作りの中で自国に有利に嫌なものは拒否して都合の良いものだけは採用して締結すればいいという主張をする者がいる。韓国がFTAを結んだのは韓国政府にもメリットを感じたから結んだんでしょ?と。しかし「ルールについての交渉」なるものは、一重に「政治力」で決まる。即ち、軍事の自給率、エネルギーの自給率、食料の自給率、相手国国債の保有率などを背景とした政治的チカラである。

韓国政府は当初、FTA交渉で米国の要求があまりにも不平等なので昨年11月までは交渉が決裂していた。しかし11月28日の北朝鮮からの延坪島砲撃を機に突然、米国の要求を丸呑みし、追加交渉の署名に至った。軍事を米国依存している韓国にとって北朝鮮の砲撃という現実を目の前に不平等条約を呑まざるを得なかったと言える。決してお互いがメリットデメリットを勘案し、納得して合意したものではない。

付け加えて言えば、韓国が本件FATより更に市場開放を進める条約を他国と結んだ場合、自動的に米国とも同じ条件の措置がとられるという最恵国待遇の要求も受け入れている。

繰り返しになるが、正に日米修好通商条約(不平等条約)の再現である。

以上を日本に置き換え、上記政治力の4点を見れば、国債をアメリカに買ってもらっていないという点以外はすべて、防衛、エネルギー、食料と日本がアメリカ依存の中にいることは今更申し上げるまでもない事実である。

日本が貿易交渉を米国としたければ、関税撤廃を前提としたTPP交渉でなく、かつてオレンジを自由化したように従来通りの個別交渉で対処すべきである。

「完全自由化を前提としてどれを例外にしますか?」でなく、「大事なものは現状維持を前提として、我々としてはこれを自由化したいんだけど、どうですか?」この姿勢が日本の国益にかなった戦術である。

私の結論。

日本政府がTPPでどのようなメリットを自国に誘導するのか具体的な目的もない状態で、韓国FTA、カナダ・メキシコのNAFTAという教訓と、その現実を無視し、「自由貿易・アジアの発展」などというイメージだけの動機でもってTPPという不平等条約を締結したのならば、その判断を下した政府、即ち野田総理は、日本政治史における戦後最大の汚点を残すことになるだろう。そしてその政治責任(罪)は、野田氏の総理・国会議員の辞職はおろか、たとえ死んで詫びていただいても償いきれるものではない。

かつて太平洋戦争開戦前に斎藤隆夫代議士が逮捕を覚悟で反軍演説を行った。

その内容は、『我々が国家競争に向かうにあたりまして、徹頭徹尾自国本位であらねばならぬ。自国の力を養成し、自国の力を強化する。これより他に国家の向かうべき道はないのであります。この現実を無視して、ただいたずらに聖戦の美名に隠れて、国民的犠牲を閑却し、曰く国際正義、曰く道義外交、曰く共存共栄、曰く世界の平和、かくのごとき、雲をつかむような文字を並べ立てて、そうして千載一遇の機会を逸し、国家百年の大計を誤るようなことがありましたならば、これは現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことはできない』

京都大学の中野准教授はこれに倣い次のように警告している。

『我々が国家競争に向かうにあたりまして、徹頭徹尾自国本位であらねばならぬ。自国の力を養成し、自国の力を強化する。これより他に国家の向かうべき道はないのであります。この現実を無視して、ただいたずらに「開国」美名に隠れて国民的犠牲を閑却し、曰く「自由貿易」、曰く「経済連携」、曰く「農業の再生」、曰く「アジアの成長」かくのごとき雲をつかむような文字を並べ立てて、そうして千載一遇の機会を逸し、国家百年の大計を誤るようなことがありましたならば、これは現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことは出来ない』と。

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